こんにちは。「品川区民とつくる未来」代表の、新井さとこです。
1. はじめに
皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
私たちの暮らすここ品川区を歩いていると、実に面白い光景に出会います。リニア新幹線の開業を控え、未来都市のように変貌を遂げる高層ビル群。そのすぐ隣には、軒先で交わされる「まいど!」の声が温かい、昭和の面影を残す商店街が息づいています。最新のタワーマンションに越してきた若いファミリーと、何世代にもわたってこの地で暮らし続けてきたご高齢の方々。この「新旧の共存」こそが、品川区の紛れもない魅力であり、同時に、私たちが向き合うべき「少子高齢化」というテーマの縮図でもあるのです。
「少子高齢化」という言葉は、もはや日本中どこでも聞かれる、ある種の“当たり前”の課題になりました。しかし、その実態は地域によって大きく異なります。
品川区における少子高齢化は、単に「子どもの数が減り、お年寄りが増える」という単純な話ではありません。それは、この街が歩んできた歴史そのものであり、私たちの暮らしの未来をどう形作っていくかという、壮大な問いかけでもあります。
今回は、この大きなテーマについて、過去から現在、そして未来へと続く時間軸の中で、皆さんと一緒に深く考えていきたいと思います。
第1章:過去(Past) – 「城南ライフ」に憧れた時代と、家族の形の変化
品川区の人口動態を語る上で、戦後の高度経済成長期は欠かせない出発点です。
かつて、この地は中小の町工場がひしめく工業地帯でした。しかし、1964年の東京オリンピックを境に、京浜工業地帯の中心としての役割を少しずつ変えていきます。東海道新幹線の開通、首都高速道路の整備。交通の要衝としての地位を確立した品川区は、都心で働く人々のためのベッドタウンとして、急速にその姿を変貌させていきました。
特に、1970年代から80年代にかけて、大崎や大井町周辺には次々と大規模な団地やマンションが建設されました。「マイホーム」を持つことが夢だった時代、都心へのアクセスが良い品川区は、多くの若い世代にとって憧れの地となります。いわゆる「城南ライフ」の始まりです。この時期に品川区へ移り住み、家庭を築いた世代こそ、現在の高齢者層の母体となっています。
当時の日本は、まだ「大家族」が当たり前の時代。祖父母、親、子どもが一つ屋根の下、あるいはすぐ近所で暮らし、子育ても介護も、自然と地域の中で支え合う文化が根付いていました。駄菓子屋のおばちゃんが子どもを叱ってくれたり、隣近所で醤油の貸し借りをしたり。そんな温かいコミュニティが、この街の至る所に存在していました。
しかし、時代は「核家族化」へと大きく舵を切ります。地方から上京してきた若い夫婦が、親世代とは離れた場所で新たな家庭を築く。それは、新しい自由とプライバシーをもたらしましたが、同時に、これまで地域が担ってきた子育てや介護の機能を、それぞれの「家庭内」へと閉じ込めていくことにも繋がりました。
この「地域からの孤立」こそが、現代に至る少子化、そして高齢化問題の根底に流れる、一つの大きなテーマなのです。
第2章:現在(Present) – 二極化する人口構造と、新たな挑戦
そして現在、2025年の品川区。私たちは、極めて特徴的な人口構造の中にいます。
【データで見る品川区の“いま”】
- 高齢化率: 品川区の高齢化率(65歳以上人口の割合)は、2025年時点で約20%。これは全国平均や23区平均と比較すると低い水準です。一見すると「若い街」に見えます。
- 年少人口: しかし、子どもの数(0歳〜14歳)の割合も決して高くはありません。出生率も横ばいが続いており、少子化の波は確実に訪れています。
この数字が意味するのは、品川区の人口構造が「二極化」しているということです。つまり、高度経済成長期に移り住み、この地で年齢を重ねた高齢者層と、近年の再開発で湾岸エリアや駅周辺のタワーマンションに転入してきた若い子育て世代。この二つの世代が、同じ区内にいながら、必ずしも深く交わることなく暮らしている、という現実です。
この二極化は、様々な課題を生み出しています。
【高齢者が直面する課題】
- 孤立とデジタルデバイド: かつてのコミュニティが失われ、近所付き合いが希薄になる中で、一人暮らしの高齢者が社会的に孤立するケースが増えています。また、行政サービスや地域の情報がデジタル化する中で、スマートフォンやPCを使いこなせない高齢者が情報から取り残される「デジタルデバイド」も深刻な問題です。
- 健康寿命と介護: 平均寿命が延びる一方で、支援や介護を必要とせずに自立した生活を送れる期間「健康寿命」をどう延ばすかが大きな課題となっています。
【子育て世代が直面する課題】
- 待機児童と保育の質: 品川区は長年の努力で待機児童問題の解消に大きく前進しました。しかし、親のニーズは「預けられれば良い」から、「質の高い保育を受けさせたい」へと変化しています。
- 地域からの孤立: 核家族化が進んだ今、親世代のサポートを得られず、夫婦だけで子育ての負担を抱え込む家庭が増えています。特に、転入してきたばかりで地域に知人がいない若い母親が、育児ノイローゼに陥ってしまうケースも少なくありません。
こうした複雑な課題に対し、品川区は今、新たな挑戦を始めています。その象徴が、先日のブログで書かせて頂いた来年9月から始まる「第一子保育料の完全無償化」です。これは、単なる経済的支援に留まりません。「社会全体で子育てを支える」という区の強い意志表示であり、若い世代をこの街に呼び込み、少子化の流れに歯止めをかけようという、未来への投資です。
また、高齢者支援においても、「品川区高齢者いきいきプラン」などを通じて、地域包括支援センターの機能強化や、高齢者の社会参加を促すための様々なプログラムが展開されています。
第3章:未来(Future) – 「世代間交流」こそが、街を豊かにする
では、私たちはこれから、どのような未来を目指すべきなのでしょうか。
私は、その鍵が「世代間交流」にあると確信しています。二極化してしまった高齢者層と若者層が、再び地域の中で自然に出会い、支え合う関係をどう再構築していくか。それこそが、品川区が日本、いや世界のどの都市よりも豊かで、レジリエント(強靭)な街になるための道筋だと信じています。
【未来への具体的な提案】
1. 「多世代共生型」の拠点づくり
例えば、高齢者向けのデイサービスの隣に、認可保育園を併設するのはどうでしょうか。子どもたちの元気な声や笑顔は、何よりの元気の源になります。園の行事におじいちゃん、おばあちゃんが参加したり、昔の遊びを教えてくれたり。そんな日常的な触れ合いが、子どもたちの心を豊かにし、高齢者の生きがいにも繋がります。
2. 地域デビューを後押しする仕組み
タワーマンションに住む若い世代は、地域との繋がりを求めていないわけではありません。ただ、その「きっかけ」がないだけなのです。地域のイベント情報が、マンションの電子掲示板に表示されたり、自治会や町会が主催するお祭りに、マンション住民が気軽に参加できるようなブースを設けたり。ほんの少しの工夫で、新しい住民が「地域デビュー」するハードルはぐっと下がります。
3. 「得意」を活かした地域貢献のマッチング
定年退職した方々の中には、長年の仕事で培った専門知識やスキルを持つ方が大勢います。例えば、元エンジニアの方が地域の子どもたちにプログラミングを教える。元経理担当の方が、NPOの会計を手伝う。そうした個人の「得意」と、地域の「助けてほしい」を繋ぐプラットフォームを行政が支援することで、高齢者は新たな社会参加の機会を得て、地域全体の活性化にも繋がります。
終わりに
品川区が歩んできた道は、日本の近代化と、それに伴う家族・地域の変容の歴史そのものです。私たちは、経済的な豊かさと引き換えに、かつて当たり前だった「人と人との繋がり」の一部を、どこかに置き忘れてきてしまったのかもしれません。
しかし、歴史は繰り返すのではなく、螺旋階段のように進化していくものだと私は信じています。
少子高齢化は、決して暗いだけの未来ではありません。それは、私たちがもう一度、血縁を超えた大きな家族として、この「品川」という地域をどう育んでいくかを真剣に考える機会を与えてくれているのです。
来年から始まる保育料の無償化は、そのための大きな、大きな一歩です。このバトンを未来へ繋ぎ、子どもたちの笑い声と、お年寄りの穏やかな笑顔が、街のあちこちでごく自然に交差する風景。そんな温かい品川区の未来を、皆さんと一緒に創り上げていきたい。心からそう願っています。
品川区民とつくる未来 代表 新井さとこ
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