こんにちは。「品川区民とつくる未来」代表の、新井さとこです。
1. はじめに
皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
私たちの暮らしは、穏やかな日常の積み重ねです。しかし、この日本という国に住む以上、その日常がいつ、大きな自然の力によって揺るがされるか分かりません。特に、ここ品川区は、その地理的特性から、地震、そして風水害という二つの大きなリスクと常に向き合わなければならない街なのです。
東に広がる東京湾、区内を流れる目黒川や立会川。そして、その多くが埋立地や低地であるという事実。これらの特徴は、水辺の潤いや交通の利便性といった豊かさを私たちに与えてくれる一方で、ひとたび災害が起これば、大きな脅威となり得ます。
「防災」と聞くと、少し堅苦しく、自分ごととして捉えにくいと感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、それは非常食を買い揃えるといった「モノの備え」だけを指すのではありません。この街が過去の災害から何を学び、今どのような備えをし、そして未来の「まさか」にどう立ち向かしようとしているのか。その物語を知ることこそが、私たちの防災意識を高め、いざという時に命を守る行動に繋がるのだと、私は信じています。
今回は、品川区の防災というテーマを、過去の教訓、現在の取り組み、そして未来への挑戦という時間軸で、皆さんと一緒に深く見つめていきたいと思います。
第1章:過去(Past) – 忘れられた水の記憶と、震災が刻んだ教訓
品川区の防災の歴史は、「水との闘い」の歴史そのものでした。
江戸時代、東海道の第一の宿場町として栄えた品川は、その名の通り、目黒川が海に注ぐ河口に開けた湊町でした。物流の拠点として、また風光明媚な観光地として賑わう一方、古くから高潮や洪水に繰り返し見舞われてきた土地でもあります。川沿いの低地では、大雨が降るたびに浸水被害が起こるのが、ある意味で日常の光景でした。
近代に入り、京浜工業地帯の中核として発展を遂げる中で、沿岸部には広大な埋立地が造成されました。工場や倉庫、そして住宅地が広がり、私たちはコンクリートとアスファルトで大地を覆い、かつてそこが海や湿地であったという「水の記憶」を、いつしか忘れていきました。
その意識を根底から揺るがしたのが、1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災です。品川区も家屋の倒壊や火災で甚大な被害を受けましたが、この震災が私たちに突きつけたのは、地震そのものの揺れだけでなく、地盤の弱い埋立地や低地における液状化現象の恐怖でした。大地が液体のように揺れ動き、建物を支える力を失う。この教訓は、その後の都市計画や建築基準に大きな影響を与えました。
さらに戦後、私たちを苦しめたのが大型台風です。特に1949年(昭和24年)のキティ台風、1958年(昭和33年)の狩野川台風では、高潮が沿岸部に押し寄せ、大規模な浸水被害が発生しました。これらの経験から、堤防や護岸の強化、排水施設の整備といったハード面での対策が、長年にわたって進められてきました。
これらの災害の歴史は、決して過去の物語ではありません。それは、品川区という土地の成り立ちに刻まれた、防災の原点なのです。先人たちが経験した痛みを忘れず、その教訓を現代の備えにどう活かしていくかが、常に問われています。
第2章:現在(Present) – ハザードマップを手に、地域で備える
過去の教訓を踏まえ、現在の品川区では、行政と区民が一体となった重層的な防災対策が進められています。その基本となるのが、「自分のいる場所のリスクを知る」ことです。
【全ての区民が持つべき“防災の地図”】
そのための最も重要なツールが、区が全戸に配布している「品川区防災地図(ハザードマップ)」です。
- 洪水・高潮ハザードマップ: 大雨で河川が氾濫した場合や、台風で高潮が発生した場合に、どのエリアが、どれくらいの深さまで浸水する可能性があるのかが、色分けで示されています。
- 地震ハザードマップ: 地震が発生した際の「揺れやすさ」や「建物の倒壊危険度」「火災の延焼危険度」などが分かります。
「うちはマンションの上層階だから大丈夫」「この辺は浸水したなんて聞いたことがない」。そう思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、近年の気候変動により、私たちの想定をはるかに超える「1000年に一度」クラスの豪雨が、日本のどこで起きてもおかしくない時代になっています。
このハザードマップは、私たちに不安を与えるためではなく、「正しく恐れ、正しく備える」ためにあります。自宅や勤務先、子どもの学校のリスクを事前に把握し、危険が迫った時にどの避難所へ、どのルートで逃げるべきか。それを家族や地域で話し合っておくことこそが、現代の防災の第一歩です。
【地域で顔の見える関係を築く「自主防災組織」】
行政の「公助」だけでは、大規模災害時にすべての住民を守ることはできません。そこで重要になるのが、住民一人ひとりが「自分の命は自分で守る(自助)」、そして地域で助け合う「共助」の力です。
その中核を担うのが、町会・自治会単位で結成されている「区民防災組織(自主防災組織)」です。品川区では、この組織への支援に力を入れており、初期消火訓練や救出救護訓練、避難所運営訓練などが、年間を通じて地域の各所で行われています。
こうした訓練は、防災スキルを学ぶだけでなく、「ご近所の顔と名前が一致する」という、防災における最も重要な関係づくりに繋がります。「隣の部屋の〇〇さんは、一人暮らしのおばあちゃん」「向かいの家の△△さんは、足が不自由だ」。そうした情報を地域で共有できていれば、いざという時に「誰が助けを必要としているか」をすぐに把握し、救いの手を差し伸べることができます。
特に、災害時に最も支援を必要とする「災害時要援護者」(高齢者、障がい者、乳幼児、妊婦、外国人など)を、地域でどう支えるか。これが現代の防災における最大のテーマの一つであり、品川区でも名簿の作成や個別避難計画の策定支援が進められています。
第3章:未来(Future) – 新たなリスクと、テクノロジーが拓く可能性
防災対策に「これで完璧」というゴールはありません。社会の変化や新たなリスクの出現に合わせて、私たちの備えも絶えずアップデートしていく必要があります。
【未来の品川区が向き合うべき新たな課題】
1. タワーマンション防災
湾岸エリアを中心に増加するタワーマンションは、地震の際の「長周期地震動」による大きな揺れや、停電によるエレベーターの停止、断水、トイレ問題など、特有のリスクを抱えています。高層階の住民は、一度孤立すると救助が困難になる「高層難民」になりかねません。マンションの管理組合が主体となった独自の防災計画の策定や、住民同士の共助体制の構築が、これまで以上に重要になります。
2. 気候変動と激甚化する風水害
地球温暖化の影響で、台風はより強く、雨の降り方はより局地的・集中的になると予測されています。これまでの想定を超える規模の洪水や高潮に、どう備えるか。ハード対策の強化と同時に、危険が迫る前にためらわずに避難する「垂直避難」や「広域避難」の考え方を、区民一人ひとりが自分ごととして理解し、行動に移せるような、より踏み込んだ情報発信と訓練が求められます。
3. 多様性への対応
品川区には、多くの外国人住民が暮らしています。災害時、言葉の壁や文化の違いから、必要な情報が届かず孤立してしまう危険性があります。防災情報を多言語で発信する「やさしい日本語」の活用や、外国人住民も参加しやすい防災訓練の企画など、インクルーシブな防災体制の構築が急務です。
【テクノロジーが拓く未来の防災】
こうした課題に対し、私たちはテクノロジーの力を活用していく必要があります。
- SNSやAIの活用: 災害発生時にSNSから発信される膨大な情報をAIが分析し、救助が必要な場所や、デマ情報を即座に特定する。
- ドローンの活用: 孤立した地域の状況把握や、医薬品などの救援物資の輸送にドローンを活用する。
- デジタルハザードマップ: スマートフォンの位置情報と連動し、今いる場所のリスクや、開設されている避難所の混雑状況などをリアルタイムで表示する。
こうした最新技術を行政サービスに積極的に取り入れ、よりパーソナルで、より確実な情報伝達を実現していくことが、未来の防災の姿です。
終わりに
災害は、私たちから多くのものを奪います。しかし、それと同時に、私たちが忘れかけていた「人と人との繋がり」の大切さを、改めて教えてくれる存在でもあります。
「大丈夫ですか?」
その一言が、不安に凍える心をどれだけ温めてくれるか。
一本の毛布を分け合う優しさが、どれだけ生きる勇気を与えてくれるか。
品川区という街が、その「まさか」の時に、誰もが見知らぬ他人ではなく、「ご近所さん」として自然に手を差し伸べ合えるコミュニティであること。それこそが、どんな頑丈な堤防や備蓄倉庫にも勝る、最強の防災だと私は信じています。
まずは、ご自宅のハザードマップを、もう一度ご家族と広げてみてください。そして、お隣さんに会ったら、「こんにちは」の後に「いざという時は、よろしくね」の一言を添えてみてください。
その小さな一歩の積み重ねが、あなたと、あなたの大切な人の命を守り、この品川区を、災害に強く、そして人の温かみにあふれた街にしていくはずです。
品川区民とつくる未来 代表 新井さとこ
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