こんにちは。「品川区民とつくる未来」の新井さとこです。
先日、品川区の「介護タクシー支援制度」について調べる機会がありました。高齢の親を持つ友人から「病院への付き添いが大変で…」という話を聞いたのがきっかけです。調べてみると、単なる移動手段の提供に留まらない、品川区の温かい姿勢が見えてきました。
この制度は、高齢の方や障害のある方が、もっと気軽に、そして安心して外出できるよう支える、私たちの暮らしに欠かせない大切なインフラです。今回は、この「福祉タクシー制度」について、その背景から未来の展望まで、少し深く掘り下げてみたいと思います。
背景:制度が生まれた理由
そもそも、こうした支援はなぜ必要なのでしょうか。その背景には、日本の急速な高齢化と、「ノーマライゼーション」という社会理念の広がりがあります。
かつて、高齢の方や障害のある方の移動は、家族による送迎が中心でした。しかし、核家族化が進み、共働きの家庭が増える中で、家族の負担は増大。また、ご本人が「家族に迷惑をかけたくない」と、外出そのものを諦めてしまうケースも少なくありませんでした。
そこで1990年代以降、国や自治体は「共生社会」の実現を掲げます。これは、障害の有無にかかわらず、誰もが地域社会の一員として当たり前に暮らせる社会を目指す考え方です。この理念に基づき、外出を支えるための様々な施策が生まれ、その一つが「福祉タクシー制度」でした。
品川区でも、誰もが社会参加できる地域づくりを目指し、早い段階からこうした移動支援に着手してきました。単にタクシー料金を補助するだけでなく、車いすやストレッチャーのまま乗車できる「介護タクシー」の介助料まで支援の対象に含めている点に、「移動の『質』まで支えたい」という区の強い意志が感じられます。
ルール:詳しく知ろう!制度の仕組み
それでは、品川区の制度の具体的な内容を見ていきましょう。制度は大きく分けて2つの柱で構成されています。
1. 福祉タクシー・自動車燃料費助成券
これは、タクシー運賃そのものを助成する基本的な支援です。
- 対象者: 区内在住で、重度の身体障害(下肢・体幹機能1~3級、視覚1・2級、内部1級)や知的障害(愛の手帳1・2度)のある方。
- 内容: 月額3,500円分(500円券6枚、100円券5枚)の助成券が交付されます。
- 使い方: 区と契約しているタクシーに乗車し、運賃の支払いに使えます。お釣りは出ませんが、現金と併用できます。タクシーを使わない方のために、自動車のガソリン代として利用することも可能です。
2. 介護タクシー利用補助券
こちらは、より専門的な介助が必要な方に向けた、品川区独自の手厚い支援と言えるでしょう。
- 対象者: 上記「1」の対象者で、かつ外出時に車いすやストレッチャーを利用している方。
- 内容: 介護タクシーを利用する際に発生する「予約料・迎車料・基本介助料」といった追加料金が無料になる補助券が、月4枚交付されます。
- 使い方: 運賃は「1」の助成券や現金で支払い、介助料などはこちらの補助券で支払います。これにより、利用者は実質的な運賃負担だけで、専門的な乗降介助サービスを受けられるのです。
申請は、障害者支援課の窓口で行います。対象となる手帳を持参し、申請書を記入するという流れです。一見複雑に見えますが、「運賃の補助」と「介助料の補助」の2段構えで、利用者の負担を最大限に減らそうという意図が伝わってきます。
現状:制度はどのように使われているか
この制度は、実際に多くの方の生活を支えています。通院はもちろんのこと、買い物や友人との会食、趣味のサークル活動など、利用目的は様々です。ある利用者の方は、「この制度があるおかげで、気兼ねなく美術館に行けるようになった。生活の質が全く違う」と話していたそうです。
区と契約しているタクシー事業者も年々増えており、利用者の選択肢も広がっています。特に、ホームヘルパーなどの資格を持つ専門ドライバーが運転する「介護タクシー」の存在は大きく、車いすの乗り降りだけでなく、家の中から車両までの移動介助も安心して任せられます。
しかし、その一方で、制度の認知度にはまだ向上の余地があるようです。区のアンケートなどでは、「制度を知らなかった」「自分も対象になるとは思わなかった」という声も聞かれます。本当に必要としている人に情報が届き、活用されるための更なる広報が求められています。
未来:これからの移動支援はどうなる?
日本の高齢化は今後さらに加速し、2040年には高齢者人口がピークを迎えると言われています。それに伴い、福祉タクシー制度の重要性はますます高まっていくでしょう。
未来の展望として、いくつかの可能性が考えられます。
- デジタル化の推進: 現在は紙の助成券ですが、将来的にはスマートフォンアプリやICカードに機能を集約し、利用や管理をよりスムーズにする「デジタル化」が進む可能性があります。これにより、利用者は券の残額管理が容易になり、事業者も精算業務が効率化されます。
- MaaSとの連携: 様々な交通手段を統合して提供するサービス「MaaS(Mobility as a Service)」との連携も期待されます。例えば、福祉タクシーの予約から、乗り換えの電車やバスの情報、目的地のバリアフリー情報までを、一つのアプリでシームレスに提供できるようになるかもしれません。
- 支援対象の拡大: 現在は重度障害の方が中心ですが、「要支援・要介護認定を受けているが、障害者手帳は持たない高齢者」など、制度の隙間にいる方々への支援拡大も、将来的な検討課題となるでしょう。
テクノロジーの進化と社会のニーズを掛け合わせることで、よりきめ細やかで使いやすい制度へと進化していくことが期待されます。
課題:乗り越えるべき問題点
多くの区民を支える重要な制度ですが、いくつかの課題も抱えています。
- ドライバー不足と高齢化: 最も深刻なのが、介護タクシーを運転できる専門的なドライバーの不足です。介助には知識と体力が求められるため、誰でも務まるわけではありません。既存のドライバーの高齢化も進んでおり、担い手の確保・育成は喫緊の課題です。
- 車両の確保と維持コスト: 車いす用のリフトなどを備えた特殊車両は、購入費用も維持費も高額です。特に中小のタクシー事業者にとっては大きな負担となり、参入の障壁となっています。
- 地域によるサービス格差: 区内全域で均一なサービスを提供することが理想ですが、現実にはタクシー事業者の営業所の偏りなどから、「呼びたくてもすぐ来てくれない」といった地域差が生まれる可能性があります。
- 財源の確保: 高齢化が進めば、制度の利用者も増え続けます。区民のセーフティネットとして制度を維持・拡充していくためには、安定した財源をいかに確保していくかという、行政としての大きな課題もあります。
これらの課題は、品川区だけのものではありません。多くの自治体が直面する問題であり、社会全体で知恵を出し合って解決していく必要があります。
おわりに
今回、品川区の福祉タクシー制度を深く知ることで、単なる金銭的な補助に留まらない、「人の尊厳」を守ろうとする姿勢を感じました。誰もが、年齢や身体的な条件によって社会参加を諦めることなく、自分らしく生きられる。そんな当たり前の権利を、この制度は足元から支えてくれているのです。
まずは、私たち自身がこうした制度の存在を知り、関心を持つこと。そして、身近に困っている方がいれば、そっと情報を教えてあげること。そんな小さな関心の輪が、品川区をさらに温かい、誰もが暮らしやすい街にしていくのだと信じています。
品川区民とつくる未来 代表 新井さとこ
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