子どものすぐそばに火のついたタバコが… 品川区の路上喫煙問題、そのルールと変遷

こんにちは。「品川区民とつくる未来」の新井さとこです。

子育てをしていると、以前は気にならなかった街の景色が、急に「危ないもの」として目に飛び込んでくることがあります。私にとって、その一つが「路上喫煙」でした。

まだ子どもがよちよち歩きだった頃、駅前の広場で手を繋いで歩いていると、ふと、子どもの顔のすぐ横を、火のついたタバコを持つ手が通り過ぎていきました。その方は何気なく腕を振って歩いていただけなのですが、私にとっては心臓が凍りつくような瞬間でした。

「もし、子どもの顔に当たっていたら…」。タバコの火傷は深刻な怪我につながります。その日以来、私は街中でタバコを持つ人を見かけるたびに、無意識に子どもを自分の方へ引き寄せるようになりました。

こうした「ヒヤリ」とした経験は、きっと私だけではないはずです。品川区では、このような危険や望まない受動喫煙を防ぐため、長年にわたりルールが作られ、強化されてきました。そして、2025年7月1日、区のルールは大きな節目を迎えました

今回は、この「品川区の路上喫煙防止条例」について、なぜルールが必要になったのかという背景から、現在の状況、そして未来の課題までを、一人の母親、そして区民としての視点から深掘りしてみたいと思います。


背景:なぜ路上喫煙は問題になったのか

そもそも、なぜ路上での喫煙がこれほど問題視されるようになったのでしょうか。その背景には、社会全体の意識の大きな変化があります。

かつて、タバコはどこでも吸えるのが当たり前の時代でした。しかし1980年代頃から、タバコの健康への害、特に「受動喫煙」の問題が科学的に明らかになり、世界的に禁煙・分煙の動きが加速します。

国内で大きな転機となったのは、2002年に東京都千代田区が全国で初めて罰則付きの「路上喫煙禁止条例」を施行したことです。これは大きな話題を呼び、「喫煙は個人の自由だが、他人に迷惑をかける行為は規制されるべき」という考え方が社会に広まるきっかけとなりました。

品川区でも、吸い殻のポイ捨てによる街の美観の問題や、火の不始末による火災の危険性、そして何より区民の健康を守るため、独自のルール作りが急務となっていったのです。特に、ベビーカーや小さな子どもの目線の高さに、火のついたタバコが位置するという危険性は、子育て世代にとって看過できない問題でした。


条例づくり:試行錯誤の道のり

品川区の条例は、一朝一夕にできたわけではありません。社会の声に耳を傾けながら、段階的に作られてきました。

品川区が最初に「ポイ捨て等防止条例」を制定したのは2003年のことです。当初は努力義務が中心でしたが、これだけでは不十分だという声が高まります。

そこで区は、特に人通りが多く対策が必要な五反田、大崎、大井町といった駅周辺を「路上喫煙禁止・地域美化推進地区」に指定し、罰則(1,000円の過料)を適用する、より厳しいルールを導入しました。この「重点地区方式」は一定の効果を上げ、その後、青物横丁駅、武蔵小山駅周辺にも拡大されていきます。

しかし、重点地区だけを規制すると、そこから一歩外れた場所で喫煙する人が増える「ドーナツ化現象」も問題になりました。また、2020年の健康増進法改正や東京都の受動喫煙防止条例の施行により、屋内での喫煙が厳しく制限された結果、屋外で喫煙する人が増えるという新たな課題も生まれます。

区民からは、「子どもが通る通学路も禁煙にしてほしい」「地区によってルールが違うのは分かりにくい」といった声が寄せられるようになりました。こうした声を受け、区は「区内全域での屋外禁煙」という、より踏み込んだルール改正の検討を始めます。パブリックコメント(意見公募)などを通じて区民の意見を募り、長い議論の末に、現在の条例へと至ったのです。


現在:品川区の今のルール(2025年10月時点)

そして迎えた2025年7月1日。品川区のルールは、次のように大きく変わりました。

  • 原則、区内全域の屋外公共スペースでの喫煙が禁止
    道路、公園、広場など、屋外の公共の場所は、たとえ立ち止まっていても喫煙はできません。
  • 重点地区での罰則適用は継続
    従来の五反田、大崎、大井町、青物横丁、武蔵小山の5つの重点地区内では、引き続き指導員の指導に従わない違反者には1,000円の過料が科されます。

この改正の大きなポイントは、罰則の有無は地区によって異なりつつも、「品川区の屋外では、指定された場所以外では吸ってはいけない」という分かりやすいメッセージを区全体で共有したことです。

施行から数ヶ月が経ち、街を歩いていると、以前に比べて路上でタバコを吸っている人の姿は明らかに減ったように感じます。特に、子どもの通学路や公園の入り口などで喫煙者を見かけることが少なくなり、個人的には一定の安心感につながっています。


課題と未来:残された問題点

ルールが強化され、街は快適になりましたが、それで全ての問題が解決したわけではありません。いくつかの新たな課題も見えてきています。

  • 指定喫煙所の問題
    喫煙者にとっては、数少ない喫煙可能な場所である「指定喫煙所」。しかし、そこに人が集中しすぎることで、周辺への煙や臭いの漏れ、混雑といった問題が発生しています。喫煙所の維持管理や清掃コストも、区にとっては大きな負担です。
  • 「隠れ喫煙」の発生
    ルールが厳しくなったことで、ビルの裏手や駐車場の隅など、人目につきにくい場所で隠れて吸う人が出てきています。こうした場所はかえって吸い殻のポイ捨てを誘発しやすく、新たな美化の問題につながる可能性があります。
  • 公平な指導・取り締まりの難しさ
    広大な区内全域を常に監視することは不可能です。指導員がいない場所ではルールが守られにくいという「 enforcement(執行)の公平性」をどう担保していくかは、行政にとって難しい課題です。

そして最も根深いのは、「喫煙者と非喫煙者の共存」という永遠のテーマです。ルールで行動を縛るだけでなく、なぜこのルールが必要なのか、その背景にある「望まない受動喫煙を防ぎたい」という思いを、社会全体で共有し、お互いを思いやる文化を育てていく必要があります。


おわりに

あの日、子どものすぐそばを通り過ぎたタバコの火。幸い何も起きませんでしたが、あの時の恐怖は今も忘れられません。

品川区の条例は、こうした小さな、しかし無数にある「ヒヤリ」から、私たち区民、特に子どもたちを守るための大切な盾です。もちろん、喫煙者の方々にも言い分はあるでしょう。しかし、安全・安心という価値は何物にも代えがたいものです。

この条例が、単に喫煙者を排除するためのものではなく、誰もが快適に、そして健やかに過ごせる街をみんなで作っていくための「共通の約束事」として、私たちの暮らしに根付いていくことを心から願っています。

品川区民とつくる未来 代表 新井さとこ

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