こんにちは。「品川区民とつくる未来」代表の、新井さとこです。
1. はじめに
先日、私の元に、一人の友人から深刻な相談が寄せられました。
「夫の言動が、どうしても我慢できない。外では良い顔をしているのに、家では『誰のおかげで生活できているんだ』『お前は頭が悪いからダメなんだ』と、毎日のように私を否定する。これって、普通のことなのかな…?」
話を聞きながら、私は胸が締め付けられるような思いでした。これは、単なる夫婦喧嘩ではありません。人格を否定し、心をじわじわと蝕んでいく「モラルハラスメント(モラハラ)」であり、その根底には根深い「男尊女卑」の考え方が潜んでいます。
残念ながら、このような話は決して珍しいことではありません。「家庭内の問題だから」「私が我慢すれば丸く収まるから」。そうやって、多くの人が声に出せない痛みを、たった一人で抱え込んでしまっているのが現実です。
しかし、断言します。あなたの尊厳が、家庭という密室の中で軽んじられていいはずがありません。
「人権」と聞くと、どこか遠い国の話や、教科書の中の言葉のように感じるかもしれません。しかし、本当の人権とは、私たちの日常生活の、ごく身近なところに存在します。パートナーからの心ない一言、地域での偏見の目、子どものSOS。その一つひとつが、守られるべき大切な「人権」なのです。
今回は、この「見えにくい人権侵害」に対して、私たちの暮らす品川区がどのような取り組みをしているのか。そして、もしあなたが今、苦しみの中にいるのなら、決して一人ではないということを、お伝えしたいと思います。
第1章:あなたのための「駆け込み寺」。品川区の多岐にわたる相談窓口
「こんなこと、どこに相談すればいいんだろう…」。悩みを抱えた時、まず最初にぶつかるのがこの壁です。品川区は、その悩みの種類に応じて、専門家が対応してくれる様々な相談窓口を用意しています。これらは全て、区民である私たちが、自分らしく、安全に生きるために使うことのできる、大切な権利です。
家庭内の人権侵害に、専門家が寄り添う場所
冒頭の友人のようなケースで、まず知ってほしいのが「配偶者暴力相談支援センター(DV相談)」です。
「暴力なんて振るわれていないから、私は関係ない」と思わないでください。殴る蹴るといった身体的暴力だけでなく、言葉による精神的暴力(モラハラ)、生活費を渡さないなどの経済的暴力も、深刻なDVです。
ここでは、専門の相談員があなたの話をじっくりと聞き、秘密を守りながら、あなたがこれからどうしたいかを一緒に考えてくれます。必要であれば、一時的に身を守るための保護施設の紹介や、自立に向けた支援も行っています。ここは、あなたの尊厳を取り戻すための、最初の、そして最も重要な砦です。
また、家庭内の人権侵害は、夫婦間に限りません。
子どもの心を、見えない刃物で傷つけていませんか?
「子どもの前では良い父親だから、私が我慢すれば…」
「子どもだけには優しいから、この子のために離婚はできない」
私がこれまで受けてきた相談の中で、どれほど多くの女性が、そう言って涙をこらえてきたことか分かりません。そのお気持ちは、痛いほど分かります。愛する我が子から父親を奪いたくない。家庭を壊したくない。母親なら誰しもがそう願うはずです。
しかし、私たちは知らなければなりません。
たとえ子どもに直接手を上げていなくても、夫婦が激しく言い争う姿を見せること、母親が父親から人格を否定され、罵倒されるのを聞かせること。それ自体が、子どもの心を深く傷つける「心理的虐待」であり、「面前DV」という、れっきとした児童虐待なのです。
子どもは、大人が思うよりもずっと敏感です。大好きなお母さんが、いつもお父さんの顔色をうかがい、びくびくしている。家庭の中に、安心できるはずの場所がない。その恐怖とストレスは、子どもの情緒の発達に深刻な影響を及ぼす可能性があります。
「あなたのためを思って我慢していたのに…」
その我慢が、結果として、最も守りたかったはずの我が子を傷つけてしまっているとしたら、これほど悲しいことはありません。
もしあなたが、子育てに悩み、追い詰められているなら。あるいは、「面前DV」という言葉に、少しでも胸がざわついたのなら。どうか一人で抱え込まず、「子ども家庭支援センター」に連絡してください。ここは、お母さんと子どもの両方を守るための場所です。あなたの勇気が、あなた自身と、そしてあなたの大切な子どもの未来の笑顔を守ることに繋がります。さらに、高齢の親の年金を家族が勝手に使ってしまう、必要な介護をしないといった「高齢者虐待」についても、「高齢者あんしんセンター(地域包括支援センター)」が相談の窓口となっています。介護の負担から、意図せず親を傷つけてしまう前に、介護者自身が相談することもできます。
暮らしの中の「もやもや」も、人権問題です
家庭外でも、私たちの人権が脅かされる場面はあります。
ご近所からの嫌がらせ、職場でのいじめやパワーハラスメント、インターネット上での誹謗中傷。こうした暮らしの中の様々な人権問題は「区民相談室(人権身の上相談)」で、人権擁護委員などの専門家に相談できます。
また、「女性だからという理由でお茶汲みを強要される」「性的指向(好きになる性)や性自認(心の性)について、誰にも理解してもらえない」といった悩みは「男女共同参画センター(レッツ)」が、あなたの味方になってくれます。
第2章:意識を変える、社会を変える。品川区の地道な「啓発活動」
なぜ、モラハラや男尊女卑は、なくならないのでしょうか。
それは、社会の中に「男はこうあるべき」「妻はこうあるべき」といった、歪んだ固定観念や無意識の偏見が、まだ深く根を張っているからです。
個別の相談に対応するだけでなく、こうした社会全体の意識を変えていくために、品川区は地道な啓発活動を続けています。
毎年12月の「人権週間」には、区役所などでパネル展や講演会が開かれ、私たちが人権について改めて考えるきっかけを与えてくれます。また、「広報しながわ」や区のウェブサイトでも、様々な人権問題が特集され、正しい知識を学ぶことができます。
そして、何よりも重要なのが、子どもたちへの教育です。
区内の小中学校では、いじめ防止の授業や、多様な性を学ぶ授業などを通じて、自分と違う他者を尊重する心、そして「いけないことは、いけない」と言える勇気を育む人権教育が行われています。
こうした活動は、すぐに結果が出るものではありません。しかし、この地道な積み重ねこそが、10年後、20年後の品川区から、悲しい思いをする人を一人でも減らすための、最も確実な投資なのです。
第3章:区の「揺るぎない姿勢」。条例が示す、人権尊重の街づくり
これらの相談事業や啓発活動は、決してその場限りの思いつきで行われているわけではありません。その根底には、品川区の「人権が尊重される社会を目指す」という、揺るぎない決意と哲学があります。
それを明確に示しているのが「品川区男女共同参画推進条例」や「品川区人権尊重・啓発に関する基本方針」です。
少し難しい言葉に聞こえるかもしれません。しかし、これは「性別によって役割を決めつけたり、差別したりすることを、品川区は認めません」「どんな背景を持つ人も、その人らしく生きる権利を、品川区は全力で守ります」という、区から私たち区民への、力強い約束なのです。
冒頭の友人の夫が口にするような男尊女卑的な発言は、この区の理念とは全く相容れないものです。区がこうした条例や方針を掲げていることは、今まさに苦しんでいる人にとって、「あなたは間違っていない」「社会はあなたの味方だ」という、大きな支えになるはずです。
終わりに
もし、あなたが今、パートナーからの言葉や態度に心を痛め、「私が我慢すれば…」と自分に言い聞かせているのなら。
どうか、思い出してください。
あなたには、一人の人間として尊重され、心穏やかに生きる権利があります。その権利を、誰にも奪うことはできません。
品川区には、あなたの声に耳を傾け、あなたの痛みに寄り添い、一緒に未来を考えてくれる場所が、必ずあります。今日ご紹介した相談窓口は、そのための入り口です。
相談することは、決して恥ずかしいことでも、大袈裟なことでもありません。それは、自分自身の尊厳を取り戻すための、最も勇気ある一歩です。
この品川区が、すべての人が家庭や地域の中で、自分らしく、安心して暮らせる「人権の街」となるように。私も、その一歩を後押しできるよう、全力を尽くしていきたいと思っています。あなたは、決して一人ではありません。
品川区民とつくる未来 代表 新井さとこ
ご意見やご相談はこちらから