こんにちは。「品川区民とつくる未来」の新井さとこです。今日は、ヤングケアラーのお話をしたいと思います。最初に少し、わが家のことから。
先日、私がひどい頭痛で半日寝込んでしまった日がありました。もしこれが長引いたら、家はどう回るだろう。洗濯、夕食、ゴミ出し、連絡帳、管理組合の返信、ベランダの洗濯物。中学生の娘は、できることをいくつか黙ってやってくれましたが、全部は背負えません。ふと、私の子ども時代を思い出しました。共働きでも、両親が健康だったから、家はなんとか回っていた。もしどちらかが倒れていたら、私は日常のほとんどを背負っていたかもしれない。そんな想像をして、胸がつまる思いがしました。
ヤングケアラーは、家族の世話や家事、きょうだいの面倒、通院の付き添いなどを日常的に担っている子ども・若者のことです。実際には、本人も周囲もその状態に名前を与えられず、静かにがんばっているケースが多い。だからこそ、支援の導線をシンプルに、手の届く距離に用意しておく必要があります。
支援の“導線”は見えているか
相談窓口や支援制度があっても、そこにたどり着けなければ意味がありません。現状を歩いて見て、いくつかの壁が見えました。
言葉の壁
ヤングケアラーという言葉が先行し、当事者や保護者、教職員が自分ごととして結びつけにくい場合があります。日常語への翻訳が大切です。例えば「家のことをよく手伝っていて、疲れているかも」といった表現で入り口を作る。
時間の壁
放課後は習い事、塾、部活、家事。窓口の開所時間に行けない子がいます。オンラインやSNSの相談、学校内での短時間の声かけなど、子どもの生活時間の中に導線を置く工夫が要る。
関係の壁
家の事情を話すことへの抵抗は大きい。誰に話すのか、何が起きるのかが分からないと、扉は開けられません。最初の声かけは、信頼できる大人から、安心できる場所で。
学校の中でできること
学校は、子どもに最も近い生活の場。ここに細い導線をたくさん通しておくことが、早期発見と継続支援の鍵になります。
一 きっかけの見える化
遅刻・欠席の連鎖、提出物の遅れ、授業中の眠気、保健室の頻回利用。こうした小さなサインを「気になるリスト」にして、担任だけでなく学年全体で共有する。チェックは評価ではなく観察として扱うことを徹底する。
二 相談先の張り出しと“顔の見える”周知
校内の掲示を、文字だけでなく写真やピクトで作り替える。スクールカウンセラー、養護教諭、教育相談の窓口、地域の子ども家庭支援、LINE相談など。顔写真と一言メッセージがあるだけで、心理的な距離は縮まる。
三 5分の面談と連絡帳のひとこと
放課後にまとまった時間が取れなくても、休み時間の5分で「最近どう?」と声をかけるだけで違う。連絡帳や学校アプリに「家庭の負担が続く場合、学校でできることがあります。短い相談からどうぞ」とひとこと添える。
四 宿題の“柔軟化”と代理提出
家庭の状況が重い期間は、宿題の量や提出方法を柔軟に。写真提出、後日提出、代理提出を認める。子どもの努力を宿題の形に閉じ込めない。
五 休める場所の確保
保健室や空き教室に、短時間横になれるスペース、温かい飲み物。心身がこわばったときの避難場所が学校にあるだけで、持ちこたえられることがある。
地域でできること
地域の力は、学校の外で子どもを支えるクッションになります。
一 見守りと声かけの習慣化
商店街や自治会の掲示板に、困ったときの相談先一覧を貼る。放課後によく通る店の方が「顔なじみ」になってくれるだけで、子どもは救われる。
二 家事の緊急ヘルプの仕組み
食事支援、学用品の補充、洗濯の手伝いなど、短期的な家事支援をボランティアや民間サービスと連携して提供する。見返りや登録は簡素に。地域の寄付でチケット制にする仕組みも有効です。
三 居場所の開放
図書館、公民館、学童、すまいるスクール、寺社の広間。静かに宿題ができる場所、温かい飲み物がある場所を、放課後に開く。案内は学校と双方向に。
四 相談の“匿名性”を担保
SNSやオンラインの相談先を、地域の掲示や学校アプリに常時載せる。家のことを知られずに相談できるルートがあることが重要です。
支援導線を一本化するツール案
やるべきことは多く見えますが、導線を一本化すれば、子どもも大人も動きやすくなります。私たちが地域で使って効果があったひな形を紹介します。
一 導線マップ
学校と地域の相談先、開所時間、連絡方法を一枚にまとめた地図。学校からはスクールカウンセラー、養護教諭、教育相談。地域からは子ども家庭支援、居場所、学習支援、民間の家事支援、SNS相談など。色分けして視覚的に分かるようにする。
二 連絡テンプレ
教職員やPTA、児童委員が使えるメッセージテンプレを用意する。例えば「最近、手伝うことが多くて疲れていませんか。短い相談でも大丈夫です。学校や地域でできることがあります。」という一文。配慮の言葉と選択肢をセットで。
三 5分面談シート
状況を把握するための簡易シート。学業、家事負担、睡眠、健康、気分、心配ごとの6項目に丸をつけるだけ。評価ではなく、支援につなげるための羅針盤として使う。
四 小さな合意メモ
保護者と学校、地域支援者の三者で「当面の約束」を簡単に書き留める。宿題の扱い、学校への連絡方法、緊急時の迎え、家事支援の可否、金銭的な配慮など。合意は短期間で見直す前提にして、状況に合わせて更新する。
わが家の小さな備え
最初に書いたとおり、私が倒れたら家は止まります。だから、娘と一緒に家事の棚卸しをしました。洗濯機の操作、干し方、たたみ方。電子レンジの安全な使い方。炊飯の手順。週末の買い物のリスト化。ゴミ出しの曜日。自治会の回覧の返信。スマホの緊急連絡の送り方。全部を完璧にする必要はありません。できることを増やすたびに、娘の表情が少しだけ柔らかくなるのを感じます。
私が子どものころ、両親が健康でいてくれたことは、当たり前ではなかったのだと今になって分かります。もしあの時どちらかが入院していたら、私は学校と家事と弟の世話で、毎日が走り続ける日々になっていたでしょう。ヤングケアラーを“どこか遠い誰か”ではなく、私たち自身の可能性として捉えることが、最初の一歩だと思います。
お金と制度の話を少しだけ
支援は気持ちだけでは続きません。学校ができること、地域ができることに加えて、専門職の関与や経済的支援が必要です。世帯の状況によっては、学用品の補助や給食費の減免、医療や福祉のサービス、ヘルパーの派遣、相談支援員の同行などの選択肢があります。窓口が分かれていても、導線マップで一本化すれば、子どもや保護者の負担は軽くなります。
学校の先生方へ。校内の観察が支援の起点になりますが、教育現場だけで抱え込まないでください。地域の相談機関に遠慮なくつないで、チームで支える前提を作ることが、長く続く支援には不可欠です。
いま、私たちにできること
一 子どものサインを見逃さない
眠そう、元気がない、忘れ物が増えた。そこから始める会話の言葉を、あらかじめ用意しておく。
二 困ったときの連絡先を冷蔵庫に貼る
学校、地域の相談、オンラインの相談。大人の電話帳にも、子どものスマホにも登録する。
三 家事のやり方を共有する
家の中のブラックボックスを減らす。家事の説明書を作って貼る。娘や息子が一つでもできることを増やす。
四 支援を申し出る文化をつくる
PTAや自治会のアンケートに「短時間の家事ヘルプができますか」「放課後の見守りができますか」という項目を載せる。できる人ができる時に、できる範囲で。
五 導線マップを作る
学校と地域の関係者で一度集まり、白地図に相談先を書き込む。作って終わりではなく、毎学期アップデートする。
おわりに
支援は派手ではありません。静かな時間を支える地味な仕組みの積み重ねです。だからこそ、見えにくい、けれどその見えにくさの中に、子どもの毎日のしんどさが隠れていることがある。ヤングケアラーの支援導線を、子どもの生活時間と生活空間の中に引いていく。学校と地域の距離をもう一歩縮めることは、私たちのまちなら必ずできると思います。
「品川区民とつくる未来」新井さとこは、学校・PTA・自治会・児童委員のみなさんと、導線マップ作りと5分面談シートの導入のお手伝いが出来たらと考えております。是非、声をかけてください。できるところから一緒に始めましょう。
品川区民とつくる未来 代表 新井さとこ
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